These are what he wrote...


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QEDシリーズ

【竹取伝説】
著者:
発行年月:
出版社:
ISBN:
高田崇史
03.01.10
講談社ノベルス
4-06-182295-0
著者からのコメント:
 テーマは、引き続き「草木悉皆仏性」。
 話としては『式密』から続いているが、単独で読んでいただいても大丈夫なはずである。しかし厳密に言えば『百人一首』から順番に買って読んでいただくと、作者としても嬉しいし、出版社も、そして妻も喜ぶというシステムになっている。
 沢史生さんという方がいらっしゃって、ある日私に、
「どうして御輿に塩や水をかけるんでしょうか?」
 というようなことを言われた。えっ、と思わず言葉に詰まった。確かによく考えてみればそうだ。普通「水を撒く」「塩を撒く」というのは、穢れなどを払うために行われる作業だ。嫌いな相手が帰ったあとなどに「こんちくしょう。塩撒いておけえっ!」てなもんだ。それがどうして、自分たちの祖先に向かってそんなことをしなくてはならないのか? これは確かに不可思議な行為である。
 たとえば、偉い方の乗っていらっしゃる車などに向かって、塩や水を撒いたら、一体どうなってしまうだろうか? 明らかに、とんでもなく大変な事件になってしまうだろう。なのに御輿――自分たちの崇め奉っているはずの神の乗り物には良い、というのは、どう考えてみても納得のいかない論理である。
 我々は、なぜこんなに自分たちの祖先をないがしろにしなくてはならないのだろうか? そういうシステムを作り上げたのは一体誰か? そしてそれに阿諛したのは誰だったのか? なかなか重いけれど、興味を引かれるテーマではある。
 なお、天照大神・素戔嗚尊・大国主命ら三人に関しては、まだまだ不可解な点が多々ある。いずれ改めて書かなくてはならないだろうと思っている。だって、絶対的に怪しいのにも拘わらず、誰もきちんと説明してくれないんだもの(と拗ねてみたりする)。
 突如話は変わるが、私は、松竹梅も七夕も大好きである。「七夕」の歌などは「日本の名曲20撰」(なんだそれ?)に入れたいくらいだ。その理由を分析する以前に、とにかく大好きなのである。ということは、おそらく小さい頃の何らかの楽しい体験が影響しているのだろうと思う。織姫・彦星に心から感謝したい。
 目次は、今回は今までで一番苦労した。しかし反応はゼロに等しく、とても淋しい思いをしてしまった。これは、右上から左下に向かって、斜めに一文字ずつ拾う(1行目は1文字目、2行目は2文字目と拾う)と、二度楽しめるはずである。もちろん、目次用に抜粋した言葉は、竹取物語の時間軸に沿って並べてあるのだ。頼む。