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「三つの色彩が綾なす美しい謎の織物」
文・杉江松恋
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密室からの人間消失、奇怪な獣、そして古代歌人の怨念。
三つの糸が綾と織り成され、一つの美しい図を形作る謎の物語、それが『毒草師』である。歴史ミステリーの範疇に入る作品だが、歴史にそれほど関心がない人でも楽しく読めるはずである。物語を織り成す糸の筋が単一ではないからだ。怪談の雰囲気もある。
舞台となるのは、東京都墨田区の業平橋付近。物語文学の古典『伊勢物語』には、平安朝の歌人・在原業平をモデルにしたと思しき挿話が多数収められているが、その第九段「東下り」のエピソードが業平という地名の由来である。それによれば、事情により東国まで下ってきた業平は、隅田川のほとりで遊ぶ都鳥を見て、遠い都に残してきた人を思い「名にし負はばいざ言問はむ都鳥わが思ふ人はありやなしやと」と詠んだと伝えられている。
災厄に遭ったのは、この地に代々居を構えてきた旧家、鬼田山家であった。先代当主の妻だった鬼田山久乃が、離れの建物から姿を消してしまったのだ。離れは孤立した特殊な状況になっていて、脱出は不可能な状況であった。さらに鬼田山家の家政婦は不吉な証言をする。事件の直前、彼女は離れの付近で一つ目の獣を見たというのだ。証言を聞いた鬼田山家の人々の心に凶事の予感が走った。実はおよそ二十年前、その離れからは久乃の夫である壮治郎が、まったく同じような形で消えていたからだ。彼は、隅田川に浮かぶ死骸となって発見された。この事件のときも、一つ目の獣は目撃されていたのである。
どうです、不気味でしょう。この怪現象の謎を解く鍵は、『伊勢物語』にあるようなのだ。『伊勢物語』第六段は、陋屋から女性が消失する話なのである。そこでは「鬼はや一口に食ひてけり」、すなわち、鬼によって食われてしまったというのである。さて。では、鬼田山家における「鬼」の正体は何なのでしょうね。
謎解きに挑むのは、医学雑誌編集者の西田真規という青年である。彼の頭脳はそれほど上等ではないのだが、ありがたいことに彼の憧れの人である篠原朝美が協力してくれることになった。そして西田のマンションの隣人も。〈毒草師〉という怪しい肩書きを名乗る、御名形史紋という社会不適応ぎみの変人だ。服装からして、常人の理解を超えている。「黒いタートルネック」に「白衣と見紛うばかり」のコート、「両手には目の覚めるような真紅の革の手袋」、「長い黒髪を振り乱すマッド・サイエンティスト」のようだ――というのは、西田の御名形評である。しかし御名形には、物事の表層を透して真相を見抜く洞察力が備わっていた。彼の示唆によって、西田も少しずつ前進していくのだ。
高田崇史の書くミステリーは、呈示される謎の魅力もさることながら、探偵たちが一つ一つ土台を積み重ねながら真相に到達していくプロセスに味がある。本書でも西田=篠原組の着実な歩みと、御名形の突拍子もない言動とがいい具合の呼吸で混ざり合っているのですね。入り組んだ謎ではあるが、それがほどけていく過程を見物するのには得も言われぬ快感がある。綾織はほどけ、最後は三色の糸に戻るのだ。少なくとも三つのトリックが盛りこまれており、そのうちの一つは心理の虚を衝いてくるものだ。
ファンには言わずもがなのことだが、本書は御名形史紋の初登場作ではない。高田がデビュー以来続けている人気シリーズ〈QED〉第十一作『神器封殺』(講談社ノベルス)で、同シリーズの主人公である桑原崇に重要な示唆を与える役どころで活躍しているのだ。本書は同作からのスピンオフ作品と言って差し支えないだろう。それによれば史紋は、小さい頃から変人と噂され、末は大物か犯罪者のいずれになるだろうと言われていたという。周囲の人々の予想は見事に当たり、長じて就いたのが日本唯一の毒草師なる奇妙な職業、というわけである。〈毒草師〉とは史紋自身の命名で、薬剤師との違いは、国から認可されている薬物以外も扱うという点だとのこと。それは「大物」なのか、それとも「犯罪者」に属する職業なのか、ですって。それはみなさん、本書を実際に読んで確かめていただきたい。
ところで史紋は、苗字の音が共通する天才博物学者・南方熊楠を尊敬しているのだという。さすれば熊楠がそうであったように、彼の中にも常人には量り知れないミクロ・コスモスが渦巻いているのかもしれない。その全貌を、ぜひ知りたいと思うのだ。まさか史紋の話が、これ一篇でおしまいということはないでしょう。それは殺生だ。作者には、続篇の執筆を強く求めます。
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※上文の掲載につきましては、杉江松恋さん、及び幻冬舎の許可を得ております。
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